六代目 三遊亭円楽の功績を語る上で欠かせないのが、類まれなプロデューサーとしての手腕だ。かつて落語界には、落語協会、落語芸術協会、立川流、円楽一門会、そして上方落語といった団体ごとの見えない壁が厚く立ちはだかっていた。その分断を真っ向から打ち破ったのが、彼が心血を注いだ「博多・天神落語まつり」である。
自ら各団体の幹部や東西の垣根を越えた噺家たちに直談判し、福岡の地に日本最高峰の演者が一堂に会するフェスティバルをつくり上げた。観客はもちろん、演者同士が刺激を受け合うこの試みは、保守的になりがちだった伝統芸能の世界に強烈な新風を吹き込む。落語を一部の愛好家だけのものにせず、全国規模のカルチャーへと押し広げた功労者としての顔がここにある。