機動隊の導入によって大学内の拠点が次々と制圧される中、警察当局は運動の最高幹部に対する徹底的な検挙作戦を展開します。治安維持令や凶器準備集合などの容疑で指名手配を受けた秋田氏は、厳しい包囲網を潜り抜けて地下へ潜行しました。
約半年間に及ぶ潜伏と逮捕に至る逃亡劇は、支援者のアパートや隠れ家を転々とする極限の生活でした。警察の目を欺くために変装を重ね、外部との接触を極限まで断ち切りながらも、運動へのメッセージを発信し続けたとされています。しかし、包囲網は着実に狭まり、1969年春に東京都内で潜伏先を急襲され逮捕。カリスマの身柄拘束は、当時の主要メディアで速報として大々的に報じられました。
裁判では実刑判決を受け、服役することとなった秋田氏ですが、法廷でも自らの正当性と運動の原点を毅然と主張し続けた姿が記録に残されています。