1997年12月27日、永田町に激震が走った。党首再選を果たしたばかりの小沢一郎が、突如として新進党の解党を宣言したのである。結党からわずか3年、あまりにも唐突な自爆劇だった。
舞台裏では熾烈な主導権争いが繰り広げられていた。党首選で小沢に対抗した鹿野道彦を支持する反小沢グループと、小沢側近グループの対立は修復不可能なレベルに達していた。小沢は「純化路線」を選び、異論を唱える勢力を切り捨てて強固な少数精鋭の政党を再構築する決断を下したのだ。
解党後、新進党は自由党、国民の声、新党友愛、新党平和、黎明クラブ、改革クラブの6つに空中分解。かつて政権奪取に手をかけかけた巨艦は、航行不能となって四散した。