宇多田ヒカルの家族構成は、父・宇多田照實、母・藤圭子(本名:阿部純子/宇多田純子)、そしてヒカル本人の3人家族です。きょうだいは存在せず、一人娘として両親の愛情とクリエイティビティを一身に浴びて育ちました。
彼女の実家および生い立ちは極めて特異です。1983年1月19日、アメリカ・ニューヨーク州マンハッタンで誕生。幼少期からレコーディングスタジオのソファがベッド代わりという、音楽と生活が完全に同化した日常を過ごしました。当時、両親は音楽ユニット「U3」を結成しており、スタジオ内で自然とマイクを握る環境が、後の天才アーティストを育む土壌となったのです。
母である藤圭子は、1951年7月5日生まれ(岩手県一関市出身)。浪曲師の父と三味線盲導の母の間に生まれ、幼少から旅回りの生活で鍛え上げた天性のハスキーボイスを持ちます。1969年に『新宿の女』でデビューするやいなや、『女のブルース』『圭子の夢は夜ひらく』が大ヒット。1stアルバム『新宿の女』は20週連続オリコン1位、2ndアルバム『女のブルース』と合わせて42週連続1位という、日本の音楽史上いまだ破られていない空前絶後の大記録を打ち立てました。
一方、父の宇多田照實は1948年7月21日生まれ(山口県出身)。16歳で単身渡米し、現地のカルチャーや音楽ビジネスを肌で吸収した国際派の音楽プロデューサーです。照實氏の研ぎ澄まされたグローバル感覚と、藤圭子さんの卓越した情念の歌声が出会ったことで、娘・宇多田ヒカルを15歳にして『Automatic / time will tell』での衝撃的デビュー(ダブルミリオンセラー)へと導くプロデュースワークが結実しました。