入院直後、担当医師団から下された診断結果は過酷を極めました。外科切除ができないため、治療の主軸は高用量の抗がん剤投与(メトトレキサートを中心とした多剤併用化学療法)と放射線治療に委ねられることとなったのです。松方弘樹さんの闘病生活は、まさに壮絶という言葉以外に見当たらない戦いでした。
報道各社の取材データによると、抗がん剤の強烈な副作用による激しい吐き気、全身の倦怠感、そして急激な体重減少が襲いました。かつて100キロ近い巨躯で巨大魚と格闘していた名優の面影は薄れ、ベッド上で点滴に繋がれる日々が続きました。それでも本人は「絶対に舞台に戻る」「ファンに元気な姿を見せる」という不屈の信念を失わず、病室で過酷なリハビリテーションに励んでいました。一時は抗がん剤治療が奏功し、腫瘍が縮小して小康状態を取り戻した時期もあり、秋の舞台復帰を目指して関係者と打ち合わせを行うほど回復の兆しを見せていたのです。
しかし、脳リンパ腫の真の恐ろしさはその「再発率の高さ」と「進行スピード」にあります。2016年秋以降、急速に脳内の腫瘍が再燃・増大し、脳浮腫(脳の腫れ)によって意識混濁の頻度が増加。年が明けた2017年1月21日、容態が急変し、意識が戻らぬまま74年の波乱万丈な生涯に幕を閉じました。最期の瞬間は、苦悶の表情ではなく、すべての激闘を終えて深く眠りについたかのような穏やかな顔立ちだったと、病室に詰めていた関係者は証言しています。