アベルとカインの物語は、深層心理学の世界においても重要な概念として定着しています。精神分析学者のレオポルト・ゾンディらが提唱した「カインコンプレックス」とは、親の愛情や他者からの承認を巡って兄弟姉妹間に生じる激しい敵対心や嫉妬の感情を指します。
ギリシャ神話をルーツとする「エディプスコンプレックス(異性の親への執着と同性の親への敵対)」と並び、家族関係の根底にあるトラウマ的な心理機制として研究されてきました。
第一子である兄や姉は、下の子が生まれた瞬間に「親の愛情を独占していた特権」を奪われます。親が無意識に下の子を可愛がったり、学校の成績や性格を比較してどちらか一方を褒め称えたりした時、比較された側には激しい劣等感と憎悪が蓄積します。
この葛藤は、幼少期の玩具の奪い合いから、大人になってからの遺産相続争い、親の介護問題を巡る対立に至るまで、形を変えて生涯にわたり影を落とします。カインが抱いた「なぜ自分ではなく弟ばかりが評価されるのか」という苦しみは、時代や文化を問わず、あらゆる人間関係で再現される普遍的な心の闇なのです。