佐々木友次は1923年(大正12年)6月、北海道当別町の農家に生まれました。幼少期から飛行機に強い憧れを抱き、10代で飛行機搭乗員を志して逓信省の航空機乗員養成所に入所。その後、陸軍に召集されて航空兵としての道を歩み始めます。
操縦技術に極めて優れていた佐々木は、九九式双発軽爆撃機の操縦員として腕を磨き、1944年秋、フィリピン防衛戦の激化に伴って編成された陸軍最初の特別攻撃隊である「万朶隊(ばんだたい)」の一員に抜擢されました。
当時、戦況の悪化に焦る大本営は、機体ごと敵艦に突入する「必死・体当たり攻撃」を組織的に導入。万朶隊は陸軍特攻の第一陣として国内外から大きな注目を集め、佐々木自身も意図せぬまま、死を前提とした過酷な運命の渦中へと放り込まれることになります。