ここで、メディアが積極的に報じない盲点を指摘しておきたい。第一に、井筒部屋の相続をめぐる経緯は、単なる兄弟喧嘩や確執ではなく、日本相撲協会の年寄名跡制度という特殊な権利構造に規定されている。部屋の継承は血縁だけで決まるわけではなく、名跡の所有者や協会との関係、政治力が大きく影響する。逆鉾が井筒を継いだのは、単純に「長兄でもなく次兄でもない彼が選ばれた」という時点で、福薗家内部の力学と部屋の存続をめぐる複雑な調整があったはずだ。
第二に、寺尾の「沈黙」は必ずしも「拒絶」を意味しない。日本社会では、家族の不祥事に対して公に言及しないことは、ひとつの倫理であり、同時に自己防衛でもある。特に相撲界は閉鎖的な共同体であり、部屋の不始末を元弟関取が公に批判すれば、それ自体が協会内での風当たりを強める。寺尾の言動を「兄弟愛の欠如」と断じるのは、芸能界や角界の内情を無視した素人判断に近い。
【プロの結論】家族社会学・共依存の視点から見出すべき教訓
逆鉾寺尾の物語を読み解く上で、家族社会学における「きょうだい関係」の非対称性は外せない。親の期待を一身に背負った弟と、部屋を守るために自己犠牲を強いられた兄。親の事業や家業を継承するという文脈では、兄弟間の役割分担はしばしば嫉妬と罪悪感を生む。特に「三人兄弟関取」という茨の道を歩ませた福薗家の教育方針は、昭和文化における「ステージママ的家族」の典型でもあった。
心理学的には、兄・逆鉾の暴力問題は、長年にわたる抑圧と承認欲求の歪みが噴出したものと解釈できる余地がある。自身の現役時代の地味な評価、弟の人気への複雑な思い、部屋の師匠としての重圧。それらが「指導」という名の下に暴走したとしても、まったく不思議ではない。一方の寺尾もまた、兄の退職後は会見のたびに疲弊した表情を見せた。兄弟は対立していたのではなく、同じ家族という檻の中で、それぞれ別のかたちで壊れていったというのが、筆者の率直な見立てである。
つまり、逆鉾寺尾の真相は「和解」でも「断絶」でもなく、「構造的な共依存の果てに、物理的な死がすべてを未完のまま終わらせた」という悲劇として捉えるべきだろう。