麻生氏の血統を語る上で、決して外すことができない二人の巨星が存在する。一人は明治維新の三傑として日本近代国家の礎を築いた大久保利通。そしてもう一人は、敗戦後の混乱期に主権回復を果たし「ワンマン宰相」と称された吉田茂である。
大久保利通の次男である牧野伸顕は、外務大臣や内大臣を歴任した近代外交の重鎮だが、その娘・雪子が嫁いだ先こそが吉田茂であった。そして吉田茂の娘・和子が、九州の炭鉱王・麻生太賀吉のもとへ嫁ぎ、誕生したのが麻生太郎氏だ。つまり麻生氏は、大久保利通の玄孫にあたり、吉田茂の直系の孫に該当する。
「祖父・吉田茂の膝元で育った」というエピソードは有名だが、単なる思い出話の次元ではない。終戦直後の激動期、世界の最高首脳陣と対等に渡り合った吉田茂の佇まいを間近で見続けた経験は、麻生氏の国家観や対外姿勢に決定的な骨組みを与えた。明治の国家建設者と昭和の復興者の血が同居しているという事実だけで、永田町における彼の立ち位置は他の二世・三世議員とは根本的に異なっている。