2011年3月11日14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生しました。国内観測史上最大となった揺れは東日本全域を襲い、直後に押し寄せた最大遡上高40メートル超の大津波が沿岸部の街々を一瞬にして呑み込みました。死者・行方不明者は2万2,000人以上に上り、戦後最悪の自然災害となりました。
津波は東京電力福島第一原子力発電所の全交流電源を喪失させ、炉心溶融(メルトダウン)と水素爆発という未曾有の原子力災害を引き起こしました。広範囲に及ぶ避難指示が発令され、目に見えない放射性物質への恐怖と風評被害が列島を覆いました。
首都圏でも交通網の完全麻痺により約515万人もの帰宅困難者が発生。都心のオフィス街は身動きの取れない人々で溢れ返りました。電力不足を補うために実施された東京電力管内での「グループ別計画停電」により、街の灯りは消え、鉄道の間引き運転やオフィスの減灯など、日本中が徹底した節電生活を余儀なくされました。
スーパーやコンビニの棚からは水、米、トイレットペーパー、乾電池が瞬く間に姿を消し、テレビ画面ではCMの差し替えによって「ACジャパン」の公共広告が繰り返し流れ続けました。エンターテインメントや祝賀行事の全面的な自粛、プロ野球の開幕延期など、国全体が深い悲しみと緊張感に包まれた日々でした。