Q1:2.26事件を一言でわかりやすく言うとどのような事件ですか?
A1:1936年2月26日、陸軍の若手将校たちが「不況に苦しむ国民を救い、腐敗した政治家を倒して天皇中心の政治を取り戻す」という名目を掲げ、首相官邸や大臣邸宅を襲撃して国家中枢を武力占拠した軍事クーデター未遂事件です。
Q2:首謀者となった青年将校たちはその後どうなったのですか?
A2:昭和天皇の強い意志により反乱軍として鎮圧された後、特設軍法会議において非公開・弁護人なしの極めて迅速な裁判が行われました。その結果、青年将校ら17名に加え、思想的指導者とみなされた民間人の北一輝と西田税の計19名に死刑判決が下され、東京・代々木の陸軍衛戍刑務所(現在の渋谷区宇田川町・NHK放送センター付近)で銃殺刑に処されました。
Q3:なぜ昭和天皇は青年将校たちの行動を激しく拒絶したのですか?
A3:青年将校たちは「天皇への忠義」を掲げていましたが、昭和天皇は立憲君主として憲法秩序を遵守する立場にありました。自身が最も信頼していた侍従長や重臣たちを武力で殺傷した行為は、天皇から見れば「自らの手足を奪う不実極まりない反逆」にほかならず、軍規を無視した私兵の暴走として厳罰を求めました。
Q4:2.26事件が太平洋戦争につながったと言われる決定的な理由は?
A4:反乱を起こした皇道派が壊滅した結果、ライバルであった統制派が陸軍の実験を完全掌握したためです。軍部は「反乱を防ぐには軍の要求を全面的に通す必要がある」と政府を脅迫し、軍部大臣現役武官制を復活させて政治の実権を握りました。これにより議会政治は有名無実化し、軍主導の国家総力戦体制が確立されて泥沼の戦争へと突き進んでいきました。